写真とのつき合い方

僕は写真をはじめた日とゆうのを自分の中で初めてカメラを買った日にしている。
その日は1989年の12月24日だ。
中学2年のクリスマスに両親から1万円をもらい町の質屋で8000円のキャノンFT-bとゆうカメラを買った。
その日から一応ずっと撮り続けている。
大学も写真学科を卒業し、仕事も現在フリーランスのカメラマンをしておりもはや自分にとって写真とは一心同体、腐れ縁の関係になっている。
だけどこうも関係が長いと写真が好きとか嫌いとかを超えてしまっている気がする。
趣味ならば「最近はちょっとやってないなあ」とか「最近またはじめてさぁ、面白くて」とかなるけど、職業も写真とゆうのもあるけど好む好まざるは別にしていつも写真のことを考えている。
で、何を考えているかとゆうと考えているようで考えていない。とくにこの何年かは。
フリーランスになってこの先何か大きい組織に守られる訳でもなく自分自身は自分で守らなくてはいけない状況になりそれこそ行き急ぐくらい写真を撮り金を稼ぎ生活してきた。
なんとゆうか写真について考えているようで考えていないのは、考える暇がない、論より行動だったからである。
今年で8年目になって特に何か安定をつかんだ訳でもないが気持ち的にその写真について考える余裕が自分の中でできてきた。
そこで最近ちょっと出た答えが、僕がしたいのは写真とゆう道具を使って人に何かを伝えたり紹介したりしたいことなんだと。
それも、抽象的にならずに老若男女に伝わり、それがみんなのためになるものをつくりたいと。
さらに、これを企画、構成、制作を可能な限り一人でやりたい。
ここまで答えが出て来た。
そして一番大切なその「何か」を次に考えなくてはいけない。
その為に何をするか?
と考えた時にこのブログをはじめた。
そして一度ネットの世界でとことん生きてみようと。
何か確信があってそうしてる訳ではなく、単純に「直感」である。
もしかしたらなんにも見つからないかもしれない。
死ぬまで見つからないかもしれない。
でもそれに挑む気持ちはあきらめずにずっと持っていなくてはいけない。